VideoNews「崩壊国家ソマリアから考える国家本来の役割とは何か」遠藤×萱野×神保
【概要】
アフリカ研究者に「崩壊国家」ソマリアの状況を聞く。「統治」と「暴力」の関係を考えている萱野さんの考え方をメモ。
アメリカのプレゼンスが低下して日中韓が「領土問題」で揉めているので、国家とか統治とか何だろう、と思って見た動画のまとめ。
【動画】2011年09月10日配信
マル激トーク・オン・ディマンド 第543回
「崩壊国家ソマリアから考える国家本来の役割とは何か」
ゲスト:遠藤貢氏(東京大学大学院教授・南アフリカ地域研究) 聞き手:萱野稔人、神保哲生
http://www.videonews.com/charged/on-demand/541550/002054.php
【ソマリア研究】
震災があったのでしかたないが、欧米圏の報道に比べると「ソマリアの飢饉」の報道が圧倒的に少ない。一般の認識は、「海賊?」という反応。
ソマリアの研究者は、言語の問題があって、国内にはほとんどいない。冷戦期のソマリアは少し研究されていたが、現在のソマリアは欧米でも研究の厚みがない。ソマリ語が日本では学びにくく、ソマリ語を話せる日本人がいない。
ソマリ語は難しい。70年代に、表記がアラビア文字からアルファベットに変わったが、記法が確定していない。
中国はしたたかで、外交官にソマリア語のできるのがいて、アフリカ連合の本部で交渉している。ソマリアに中華料理屋で入って、言葉を学んだんじゃないか、とか。
【地政学的位置】
Horn of Africa(アフリカの角)と言われ、かつてアラビア半島から紅海を越えてイスラム教が入っていて、イスラム教徒が多い。ソマリ語やスワヒリ語は、アラブ語の影響を受けている。アラブとアフリカの中間的な位置。
【国の規模】
・ 人口:935万 面積:64万km2(日本の2倍) GDP 600ドル/人(先進国は4万ドル/人)
・ 2001年の、国外難民refgee:90万人 国内避難民internally displaced people:150万人 食糧難が主因。
・ 民族:ソマリ族(ソマリ族が単一民族か、というのは議論がある。政治的には、部族間で抗争している。黒人とアラブ人の血が混ざっている。)
【旱魃→飢饉】
① アフリカ全域で60年ぶりの大規模な干ばつ→他のアフリカ諸国は国際機関などから食糧支援を受けているが、ソマリアでは統治権力が機能せず、飢饉発生。
② 食糧価格の国際的な高騰(200%)・・・原因は投機、エタノール需要、原油高。日本は円高によって、買えているだけ。
③ 「ソマリア南部」への食糧支援は、西側諸国から援助を受けないイスラム原理主義的なゲリラの抵抗で、援助物資を届けられない。北部には届いている。
【国家と政府】
普通、国家=政府と考えられているが、ソマリアには「国家」はあるが「政府」がない状態。ここまで破綻している国家は、他にない。アフガニスタンでさえ、中央政府がある。
・ 国家=国際社会における対外関係の妥当性・機能
・ 政府=国内的な統治の妥当性・機能
ソマリアは「国内的な統治」が崩壊し、「無政府状態」だが、崩壊以前の国連議席や国境線が国際社会によって認められている。国際関係を国家、国内関係を政府と分けると、
国家 非国家
政府 主権国家 事実上の国家(未承認国家)
非政府 崩壊国家 NGO
ここで、「主権国家」~「事実上の国家」の間にはグラデーションが存在し、
主権国家>台湾>コソボ>パレスチナ>ソマリランド(ソマリア北西部)>事実上の国家
【植民地支配→3つのソマリア】
ソマリアは、歴史的、統治機構的に、北西部のソマリランド、北東部のプントランド、南部ソマリアの3つに分かれている。北部が海賊の根城。
1960年、「イタリア領ソマリア(南部)」が独立。数日遅れで「イギリス領ソマリア(北西部)=ソマリランド」が独立。南部が北部を併合する形になり、植民地統治の仕方が違ったこともあり、北部と南部でアイデンティティーの違いが自覚されている。首都モガディシオは南部にある。
イギリスは「現地の問題解決の方法(=氏族の長老政治)」に委ねる間接統治で、北西部の方が経済的には発達していた。イタリアは氏族の長老による統治を解体していた。
【氏族、部族】
氏族clanは、血族集団。部族tribeは、言語集団。
ソマリアは遊牧集団の氏族を基本単位として、入れ子状に集団形成され、大きく5~6の部族にまとめられる、と言われているが、実際には細分化していて、把握しにくい。
ソマリランドではイギリスが部族を解体しなかったので、近代国家(統治機構)との齟齬はあまりない。どこの長老とどういう順で話していけば手打ちになるか、が脈絡づけられる。
南ソマリアは、イタリアが長老制を解体したので、抗争の主体が小さな氏族になっていて、話し合いの経路がなく、和平が結びにくい。
【国際関係】
国際社会がソマリアを3つに分離独立させて認めないのは、地政学的に重要な地域だから。
エジプトは、ナイル川上流にあるエチオピアと水利権で緊張関係にある。そこで、エチオピアの東隣にあるソマリアには小国にならずにエチオピアと張り合ってほしい。
一方、エチオピアにはアフリカ連合の本部もある地域大国で、「ソマリランド」の分離に好意的。
ソマリアは石油が出るでもなく、西側にとって分離させることに利益はない。アラビア半島のイスラム原理主義の動向にもよるが。基本的には「AU matter(アフリカの問題)」だと構えている。
【独立後のソマリア】
・ 69年、バーレ少将、クーデターにより実権を握る。国政は社会主義(東側ですね)の独裁国家で、自分の出身氏族・部族を優遇した(どこが社会主義やねん!(笑))。
・ 77-88年、エチオピアで社会主義革命がおこり、混乱に乗じてエチオピア東部にはソマリ人の住む地域があるのを口実に軍事介入し、社会主義国同士の戦争に。
・ エチオピアをソ連とキューバが支援し、ソマリア軍は負けるが、虎視眈々と狙っていたアメリカが、ソマリアを支援し、武器弾薬を供給しはじめる。
・ 82年、反バーレ勢力と内戦に。バーレが同じ国内である北部ソマリア(ソマリランド)を爆撃したことを機に、アメリカはバーレを支持できなくなり見放す。
・ 91年、バーレ追放、国内は冷戦期にアメリカから持ち込まれた近代兵器で武装化した氏族間の抗争が激化、群雄割拠した。北部ソマリランド独立宣言。
・ 92(93?)年国連PKOとアメリカ海兵隊が介入。
2001年にリドリースコット監督により映画化もされた事件で、アメリカの世界戦略の転換点になった。映画は昔見たが、「市街地における対ゲリラ戦」という不正規戦を、アメリカ兵士の視点からリアルに表現している。政治・社会的な背景の説明はほとんどない。
国連PKOの兵士が南部ソマリアのアウディード将軍一派に殺害され、将軍を逮捕しようとしたアメリカ軍と将軍派が対立関係に入る。平和維持軍の「中立」を保つことが難しいことを欧米に印象付けた。
首都モガディシオに海兵隊を投下したヘリ、ブラックホークがロケットランチャーによって撃ち落され、14人死亡。「戦略的重要性のないアフリカで、血を流す必要はない」という国内世論に押され、ソマリアから撤退してトラウマを負った。
【ルワンダ虐殺】
このことは、国連PKOやアメリカが平和維持軍として「中立」を守るために、100日で100万人が殺されたルワンダ虐殺を見捨てた事件に繋がっている、と言われている。
ルワンダ虐殺に関する映画は、有名な『ホテルルワンダ』の他に『shooting dog(ルワンダの涙)』がある。英題は、現地人に銃を向けられない部隊司令官が「虐殺された死体を食べ回る野犬」を撃っていいかと本部に問い合わせたことから。
【暴力の分散or集中】
・ 強大な暴力装置である「国家」の統治機構が機能しなくなった空間では、中小の暴力装置である「軍閥」や「ヤクザ」が湧いて出てくる。
・ ソマリア南部の抗争の実態は、「町のマーケットの支配権」などの利権をどの氏族が取るか、というシャバ争い。
日本の戦後闇市のギャング集団は、抗争を経て時間の経過とともに統合されていった。各ヤクザが利得を最大化しようとするほど、大きいところに吸収されていった。
・ ソマリアで、この「暴力の集中化」という力学が働かないのは何故?
【グローバル化】
ソマリアで暴力装置が集中化しないのは、グローバライゼーションの影響。ソマリアの人口の1割の人間が国外にディアスポラした。欧米に亡命できた人間には富裕層で大きなビジネスをしている人が多く、欧米からソマリアに送金する経済がある。
送金の一部はソマリアの人の貧困脱出の為に使われる(ソマリランドで大学など)が、一部は戦費に使われる(南部ソマリア)。
南部ソマリアで、ある勢力が強くなると、弱小勢力に利権関係を持つ亡命ソマリア人からの送金が強化される。アメリカと国連が手を引いているから、平定できない。
【個人の権力】
ソマリアを理解するには、実効性の無い制度を理解しても意味がない。どういう利害・思想の人がどういう風に動いているのか、を理解しないといけない。
中央政府がない方が、個人の利害的に得だ、という人も多い。究極の自由主義?
【国外に「政府」がある】
2011年、首都モガディシオに暫定政府の大統領はいるが、大臣たちはナイロビのカフェにいる。政府機能は無いに等しい。
ソマリの大臣は、アメリカやイギリスの市民権を持っている。アメリカはソマリア難民を受け入れて大臣の給料を出している。アフガニスタンのカルザイに似ている。
【ヨーロッパの近代国家】
・ ヨーロッパの近代国家の成立過程を見ると、「共同体」や「中間勢力」の力が低下(日本だと廃藩置県)して人の流動性が高まって、自分の出身地の利権にこだわらなくなって均一な国民が出現し、国民統合が果たされる。国民国家は、空間を措定し、そこに主権があると宣言し、構成員を均質化。
・ ヨーロッパの近代国家の成立には、たいてい国家間の戦争がある。その経過で、総力戦によって国内の統治体制が確立した。ナポレオン戦争。
【アフリカ、アラブの国家】
・ 「アフリカから中東にかけての地域」で、ヨーロッパ風の近代国家の形成を妨げる「軍閥」や「部族」の力が強いのは、なぜなのか?
・ 難しい問題で、いろいろ議論はできるが答えは出ないだろう。この話を持ち出すと、「ウエストファリア体制」を疑問に付すことになり、根本的なchallengeになる。
・ 一つには、歴史的経緯があって、欧米型の「個人と国家との社会契約」の発想が通じないのでは。
・ また、ヨーロッパの近代国民国家は近隣他国との戦争を経て総力戦体制を構築し、結果として国民形成を進めている。植民地では、独立時に他国との戦争がないために、国内でまとまりにくい。
【ソマリアの場合】
・ 北部のソマリランドでは「部族をもとにした統治機構」が出現し、「部族が壊れた南部ソマリア」では統治機構が出来ない。これはヨーロッパ風の近代国家の成立過程からは理解できない。
・ 南部ソマリアでは、中央政府を作ろうとすると紛争が勃発する。ソマリアの人たちは平和を求めているが、それは中央政府の形を取らないようだ。バーレ時代の悪い記憶があって、代表者の出身母体をどのように選出するのか、また一部が優遇、一部が冷遇されるんじゃないか、という不安。
・ 5つの「部族」がそれぞれ堅くまとまっていれば、その間で話し合えばいいのだが、紛争の過程で同じ「部族」内でも「氏族」間の対立が激化した。
【アフリカの場合】
・ アフリカの国境線は、植民地体制の中で1884-5年の「ベルリン会議」で他律的に決められたので、遊牧民などには「誰得」。
・ 多くのアフリカの国で、「国民統合」は上手くできていない。ただ、国家の体はなしている。
・ 冷戦期の60年代にアフリカ諸国が独立するが、東西対立(冷戦構造)の中で国家内の問題に米ソが口出しして、東西対立の枠内へ誘導していた。
・ この冷戦の重しが取れて、国内の対立が噴出してきている。その中で原理主義的な勢力が台頭すると、アメリカが対テロ戦争(対アルカイダ)の一環で壊すので、なかなか国家形成できない。
【アラブの場合】
・ リビアで政権崩壊して、新しい統治機構を作ろうとなった時に、100以上の部族がある。反カダフィ派の復讐心が噴出し、国家形成が難航しそう。今まではカダフィ独裁者の重しがあったから、部族対立は抑えられていた。
・ 民主主義化すると、内発的にイスラム国家が出来ることも多い。政教分離し世俗化した近代国家が形成されない。
【アメリカの影響力低下】
・ 冷戦構造の重しが無くなり、アメリカの強さも低下しつつある今になって、「植民地主義」の付けが今頃回ってきた。
・ 中東で流動化が進んでいるのは、アメリカの影響力が下がっているから。これまでは親米政権であれば、どんな独裁政権でも支持してきた。エジプトが例。アメリカは介入したくても、お金がない
・ ソマリアは、アメリカが圧倒的な力で民主主義を押し付けて貫徹するなら、まだ成功したかもしれないが、自分らでやれと言っておいて、2006年に原理主義者が出てきたら拒否した。かといって、その後の面倒を見ていない、という構造。
【脱領土化した戦争】
対テロ戦争は近代戦争ではない。脱領土的な、世界全体を舞台にしたゲリラ戦・市街戦。テロリストも、応戦する主権国家も、脱領土化した戦争を遂行する。
【日本】
アメリカが民主化に一番成功した例、日本。
官僚機構を温存した(結果、国民は内戦に対する悲劇の共有経験がない。身内を信用しすぎ)。
政治が機能しなくても、行政が機能。ボンクラが首相でも、統治や治安に綻びが見えない。人に依存していない、システムが強い。法的な合理性のもとで脱人格化していく方向。これは、人への依存を減らす近代的なシステムではある。
でも、そのせいで変われなくなってる(霞が関が脱原発できない)。政治と行政の力関係が逆転している。
近代官僚制国家の極北としての、映画「マトリックス」のような国家、日本。システムの中心がない。
【Wiki】
2012年8月20日に暫定政府は予定していた統治期間を終了。9月10日に大統領選挙を実施し、ハッサン・シェイク・モハムドが選出された。
長くなった。おわり