読書メモ『超マクロ展望 世界経済の真実』萱野稔人×水野和夫
【概要】
先進国の経済は飽和に達していて、これまでのやり方では成長しない。
だから、余剰資金が実物経済に還流せずに、数年おきにバブルが起こる。
新興国の実物経済も、近いうちに飽和する。
この200年間、経済成長を前提に社会が組み立てられてきたから、経済成長なき成熟社会の展望が浸透しない。
成熟経済では、規制強化によって先進的な企業と市場を育てることで、経済成長できる。その規制は、環境や人権に配慮したものがスタンダードな方向性だろう。
【読んだ本】
『超マクロ展望 世界経済の真実』/萱野稔人×水野和夫/集英社新書/720円+税/2010年
<覇権国の変遷>
【利子率革命】
「利子率」は、長期的には「利潤率」になる。つまり、経済成長の度合いを表す。
(図6)
利子率が2%を切ると、経済が実物では成長しなくなって、金融化する。
しまいには、実物経済の成長の激しい新興国に覇権が移る。
かつて、イタリアの都市国家で金利が下がって土地投機が生じ、バブルがはじけて投機機会が無くなると、イタリアの封建社会は崩壊して、当時の新興国であるオランダに資金が流れ込んでチューリップ・バブルをもたらした。
リーマンショックから「中国のバブル」への流れと似ている。
【空間革命】
かつて「新世界」の発見によって、ヨーロッパの「陸の論理」が通用しない「海の世界」が開かれたことを、「空間革命」という。
スペインは軍事力による自由な略奪を行って富を蓄積した。スペインを打ち破ったイギリスが、海の支配権を握って覇権国となった。
海の資本主義にとって、海賊行為が資本の原始的蓄積を担った。
【条理空間、平滑空間】
ドゥルーズ・ガタリの用語。
条理空間:区画化された空間。位置確定され、帰属や用途が定められている。法定。
平滑空間:条理空間の法を無化する空間。非常事態時に、国家が人々の所有権を無視して接収したり戦車を走らせたりする。フランス5月革命の占拠。16世紀の海賊の海。
<石油>
【石油は誰のもの】
60年代まで、セブン・シスターズと呼ばれる石油メジャーズが油田の採掘も価格も握っていたため、先進国は産油国の石油を安く買いたたいていた。
50~60年代の脱植民地化によって、産油国で「資源ナショナリズム」が起こり、石油が国営化していく。
1973年の石油ショック以降、OPECが価格決定権を持つ。
【石油価格の脱領土化】
1983年、アメリカは石油の「価格決定権」を取り戻そうとして、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物市場をニューヨーク・マーカンタイル市場(NYMEX)に作り、金融商品化する。ロンドンではICEフーチャーズ(旧国際石油取引所)。
2000年代前半で、世界の石油生産量は1日7500万バレル。NYやロンドンの先物市場で取引されるのは100万バレルで、1.5%もない。
しかし、「先物取引」は相対取引で何度もやり取りするので、取引量では1億バレル以上になる。その取引量によって国際的な価格決定がなされる。
石油の価格決定権は「領土主権」を離れ、「市場メカニズム」のもとに置かれるようになる。
【交易条件】
日本を含む先進国の経済は、なぜ苦境にあるのか。それは、「交易条件」が不可逆的に転換したから。
「交易条件」とは、どれだけ効率よく貿易できているかを表す指標。他国から安く「資源」を手に入れて、国内で効率よく「生産」し、他国に高く「販売」すれば、交易条件が良い。
交易条件=輸出物価/輸入物価
この交易条件が、先進国は常に高く、途上国や資源国は常に低かった。
【オイル・ショック】
しかし、1973年の「第一次オイル・ショック」以降、途上国や資源国の「交易条件」は劇的に改善していく。逆に、先進国の交易条件は悪化する。
(図1)
「資源価格」の高騰は、途上国の「資源ナショナリズム」によって、資源を安く買いたたくことが出来なくなったから。それと、投機マネーの流入もある。
<イラク戦争>
【石油利権ではない】
アメリカがイラクの「石油利権」を取ろうとした、というのは正確ではない。
実際、アメリカは中東に殆ど石油利権を持っていない。中東から輸入しているのは、アメリカの石油消費量の1割程度で、これも「サウジアラビア」が自らの「発言権」の為に無理やり値引きしてアメリカに買ってもらっている。
アメリカの石油の輸入先はカナダ、メキシコ、ベネズエラ。つまり、アメリカは中東の石油をそれほど必要としていない。
それに、石油は「戦略物資」から国際的な「市況商品」に変質しているので、石油を植民地主義的に囲い込むことはできない。
1999年にユーロ発足し、2000年にフセインが石油の国際決済をドルからユーロに変えると宣言した。これがアメリカを怒らせた。
石油の国際的な「決済通貨」はドルで、これがドルの「国際通貨」としての威信を支えてきた。これが「ユーロ」に変わると、ドルの威信が低下する。そこで、フセインを叩いた。
先進国にとっての戦争が、ある領土の支配権を獲得するものから、価格決定システムという、「脱領土的な抽象的なシステム」を防衛するものになった。
これが、「脱領土的な覇権」の姿で、直接的な利害の無い土地にも「システム防衛」の為に軍事介入がなされる。
<アメリカ>
【空の国】
海の国イギリスから、空の国アメリカへ。上空や宇宙から爆弾を降らせる軍隊。
資本主義のヘゲモニーは、より軍事的支配力を持つ国に移動してきた。
その意味で、アメリカの次に軍事的ヘゲモニーを握れる国はあるか? ないのでは。
【脱領土的モンロー主義】
アメリカの「モンロー主義」は、ヨーロッパ流の「植民地支配」とは違い、南米を裏庭に経済的なヘゲモニーを確立すること。
貧困層からの略奪になっている。マイホームが最初は低金利で、数年後に高金利になる。そのため2年おきに借り換えて、借金地獄になる。
16世紀のイギリスの海賊が、「海という平滑空間」でやったようなことを、略奪できる外部が無くなったから、自国民に対して「金融市場という平滑空間」を作ってやっている。
<中国>
【中国の民主化】
「GDPの民主化ライン」は、一人当たり3000ドル。韓国は80年代に越えて民主化運動がおこり、軍事独裁体制が潰れた。
中国がそのラインを超えたころ、日本バッシングのデモが起こった。あれは民主化要求のデモとも見るべき。
【中国の経済成長】
自動車の販売台数では、あと10年で飽和に達する。
先進国の余剰資金が投資され、ものすごい勢いで経済成長しているが、この資本の動きをコントロールし、軍事的にもアメリカと拮抗して、様々なルール策定能力も高まらなければ、中国に覇権はない。難しいだろう。
中国の利潤を吸い上げているのは、欧米企業。資源ナショナリズムならぬ工場ナショナリズムが起こるか。工場がベトナムやインドに逃げるだけでは。
<金融経済>
【金融空間の拡大】
交易条件が悪化した先進国は、実物経済では稼げなくなったので、金融経済化した。
1995年以降、国際資本が国境を自由に超えるようになり、ウォール街に流れ込み、アメリカは日本やアジアで余っているお金を自由に使えるようになった。
アメリカは金融市場に投資してお金を増やし、そうやって作り出したお金で世界中の商品を買い、自分では生産せずに過剰消費をした。
アメリカは1の自己資本で40借りるレバレッジを利かせていたが、ヨーロッパのレバレッジは60だった。これが、リーマンショック以降のユーロ危機に繋がる。
【通貨の先物市場】
ニクソン・ショック(1971年)の翌年、通貨先物取引市場がシカゴ・マーカンタイル取引所に出来る。アメリカの金融経済化の第一歩。変動相場制における為替リスクをヘッジするため。これが金融派生商品の拡大をもたらした。
【相互バブル依存】
1990年後半から、アメリカは海外から国債や株式を買ってもらって資金を集めて、その国債利回りや株式配当よりさらに高利回りの新興国に投資して、利潤を上げていた。
このとき、アメリカ国内ではITバブルや住宅バブルを作り出して資金を呼び込み、海外に投資する時には相手国をバブルにして利回りを確保した。つまり、相互にバブルに依存しあう構造を作った。
<先進国病>
【景気と賃金の分離】
日本は「リーマンショック」までの2002年~2007年の6年間に、「いざなぎ景気」を超える好景気だったと言われるが、国民所得は伸びなかった。なぜか。
それは、原材料費が高くつくようになったため、売り上げが伸びても人件費に回せなくなったから。
売上高=変動費(原材料費など)+固定費(人件費など)
1995年から、売り上げを凌駕する資源高騰があったため、好景気でも賃金が上昇しなかったし、非正規雇用が急増した。
(図2,3)
【低成長の成熟社会】
今の先進国では、低成長の現実を「金融経済化」によって否定しようとして「バブル」が生じ、バブル崩壊によってその矛盾はさらに危険な状態で露呈することになった。
「低成長」を前提とする脱近代的な社会設計をしない限り、「財政赤字」などの問題は根本的には解決されえない。
【リフレ派】
中央銀行が「量的緩和」を行って通貨を大量に供給すれば、「インフレ」になって財政赤字の額面が縮小するし、通貨が下落して輸出が増えて需要不足が解消される、とする説。
国民国家の枠内で考えられた近代経済学の流れ。
リフレ派の主張が妥当するのは、90年代前半まで。95年以降、国際資本の移動が全面化してからは、マネタリーベース(ベースマネー)が増えてマネーサプライ(銀行の信用創造)が増えても、国内の物価上昇にはつながらない。
今の世界経済の実物経済は60兆ドル、金融経済は100兆ドル。物価ではなく資産価値が上昇するバブルが起こる。それも、その国で起こるか分からない。
経済現象を、これまで想定されてきたモデル化可能な範囲に限定している。
【インフレ・デフレ】
インフレ期待を喚起できるのは、家や自動車、家電などの耐久消費財が普及していく過程において。日本などの先進国は、すでに通り過ぎている。
現在のデフレは資源価格の高騰による構造的なもの。
【国債】
日本の銀行が日本国債を変えない日が来る。
これまでは、企業がバブルの後始末のためにお金を借りてくれなかった。そこで、銀行はお金の使い道がないので、国債を買っていた。しかし、企業もそろそろ過剰な借り入れを整理し終わり、銀行から借りるようになる。すると、銀行は国債を買う余裕がなくなる。
そうなると、外国の銀行や投資家が日本の国債を買うことになる。そうすると金利を上げなくてはならなくなる。いくら働いても、国債レベルで外国に吸い上げられる構造になる。
<国家>
【資本と国家】
資本主義が国民国家の枠組みに従わなくなっても、資本主義が国家そのものを必要としなくなることではない。
資本主義を、市場経済の事象に矮小化して考えてはいけない。経済学者の岩井克人や評論家の柄谷行人は、異なる価値体系の間で商人が遠隔地交易することによって、価値体系の差異から剰余価値が生じる、と主張してきた。しかし、交易条件(交換比率のルール)は、軍事的な覇権国が設定してきたのだし、そこに国家の力を見ないのは欺瞞。
資本主義=ルール策定+市場における交換
=暴力・法・税の担い手(国家)+労働の管理・運用者(資本家)
【ルール策定能力】
新しくルールを設定できる能力、概念を新しく提出できる能力が、世界資本主義をマネージするインテリジェンス。
例えば1980年代末の「BIS規制」では、「預金は銀行にとって短期の負債である」という全く新しい概念が出され、国際業務を行う銀行は「自己資本の12.5までしか融資できない」と規制された。それによって日本の銀行はバブルまでに蓄えた国際競争力を一気に失った。
ルールを普遍的なものとして定義するだけのインテリジェンスが必要。
【今後の世界経済・国際社会】
先進国にも、資本主義のルール策定や運用で利益を得る1%の人間と、仕事を失って没落する中産階級が分化。
世界資本主義をマネージする「覇権国家」と、経済成長によって高い利潤率を生む「工場国家」の分離。これまでは、覇権国家は工場国家だったが。
<成熟時代の規制>
【規制が市場を育てる】
市場が飽和した低成長時代において、どのような経済戦略があり得るか。
例えば環境規制などの新しい市場のルールを設けて、そのルールを満たせるプレーヤーが活躍できるようにして、日本経済の卓越性を伸ばしていく。
日本は公害の時代に環境規制が厳しくなり、それを乗り越えた企業の力は、今や国際競争力が強い。
新しいルール策定を世界に先駆けて行うことで、自国経済に有利な市場の枠組みを設定し、利益を誘導すること。今EUは、環境規制で次世代の市場を準備している。
イギリスは、排出量取引のマーケットを創設し、関連産業の育成も含めて、他国の追随を許さないほど先端的な地位を占めている。
【資本の規制】
今後の世界経済・国際社会の安定にとって、余剰資本をどうやってコントロールしていくか、というのは非常に重要。
2008年までのバブルで蓄えられた余剰資本が、また次のバブルを起こす。
「トービン税」のような、国際的な金融取引に課税する仕組みがいい。